2015年5月31日日曜日

【カフカの箴言74】贋物の信仰について



【カフカの箴言74】


【原文】

Wenn das, was im Paradies zerstört worden sein soll, zerstörbar war, dann war es nicht entscheidend; war es aber unzerstörbar, dann leben wir in einem falschen Glauben.


【和訳】

天国で破壊されずにはゐないものが、実際に(過去にをいて此の世で)破壊し得るものであつたといふならば、それは、決定的なことではなかつたのだ。といふのも、それが、しかし、(過去にをいて此の世で)実際に不壊のものであつたならば、となると、わたしたちは、間違った信仰の中に生きてゐることになるからだ。


【解釈と鑑賞】

この世といふ言葉は文字にはなつてをりませんが、天国と来れば、やはり今の此の世を思ひ、それを前提にこの箴言を、カフカは書いてをりますから、そのやうに補つて訳した次第です。

時間の無い天国と、時間の有る此の世の対比。これと、壊なるものと不壊なるものとの対比。前者の世界で、破壊されるものが、この世で破壊されたという過去の事実があれば、それは大したことでは無い、さうではなくて、この世に不壊なるものがあれば、それこそが可笑しいのであつて、さう勘違いをすると、その人は信仰のあるやうに思つてゐるが、贋の信仰を信じてゐるのだと言つてゐるのです。

カフカの論理展開はいつも一見何回で、この信解もさうですが、しかし、そのこころは誠に単純であると思ひます。

カルトの跳梁跋扈してゐる今の日本には、誠に相応しい箴言であると思ひます。




【ショーペンハウアーの箴言74】何故わたしたちはお互いを利用し合ふのか


【ショーペンハウアーの箴言74】


【原文】

Bei manchem ist es am klügsten zu denken: Ändern werde ich ihn nicht; also will ich ihn benutzen.


【和訳】

多くのひとの場合、かう考えるのが最も賢いことである。即ち、わたしは彼を変えることはしない。それ故に、わたしは彼を利用したいと思ふのだ。


【解釈と鑑賞】

これも、また、皮肉の効いた、しかし、よく世間裏側に通用する
ショーペンハウアーの言葉であり、心理的洞察です。

これを知らぬ人間の発言は、見かけはどのやうに晴れやかに見えても、それは偽善であるといふことになりませう。





2015年5月23日土曜日

【カフカの箴言73】自己の食卓との差異を喰らふ



【カフカの箴言73】


【原文】

Er frißt den Abfall vom eigenen Tisch; dadurch wird er zwar ein Weilchen lang satter als alle, verlernt aber, oben vom Tisch zu essen; dadurch hört dann aber auch der Abfall auf.


【和訳】

彼は、自分の食卓の塵(ごみ)を貪り食ふ。といふのも、成程、それによつて、少しの間はみなよりも満腹になるからであるが、しかし、上にある食卓から取つて食べたといふことを(それが習慣であるにせよ、その習慣を)忘れるからである。といふのも、それによつて、すると次に、しかし、その塵(ごみ)もまた、止む(終わりになる、無くなる)からである。


【解釈と鑑賞】

Abfallを塵(ごみ)と訳しましたが、普通はこの名詞が塵を意味するときには大抵複数形で使われます。

さうであれば、これを差異と訳してもいいやうに思ひますが、それであるとまた日本語になりません。

塵=差異だと思つて、この文をお読み下さい。

これは、このまま安部公房の世界にいても少しも可笑しくない箴言になつてをります。


大事なことは、カフカが、自分の食卓との距離、差異、その垂直方向の落差を食らふといつてゐることです。この垂直方向の落差を0にすることが、おそらくは、さうして間違いなく、カフカが小説を書くといふことであつたのです。

【ショーペンハウアーの箴言73】死後、お前は何になるのか


【ショーペンハウアーの箴言73】


【原文】

Nach deinem Tod wirst du das sein, was du vor deiner Geburt warst.


【和訳】

お前の死んだ後になって、お前の生まれる前であったものに、お前はなるのだ。


【解釈と鑑賞】

これも、この通りでありませう。



2015年5月17日日曜日

【カフカの箴言72】一個の人間と主観と客観との関係について



【カフカの箴言72】


【原文】

Es gibt im gleichen Menschen Erkenntnisse, die bei völliger Verschiedenheit doch das gleiche Objekt haben, so dass wieder nur auf verschiedene Subjekte im gleichen Menschen rückgeschlossen werden muß.


【和訳】

同じ人間の中に、複数の認識があるが、しかし、全く異なつてゐるにも拘らず、同じ客体(客観)を有してゐる複数の認識があり、その結果、再び、唯様々に異なる主体(主観)へと、同じ人間の中で、(結果から原因を推論する)帰納法によって推論されねばならないのだ。


【解釈と鑑賞】

これは、一人の人間の中に様々な人間がゐると、外にゐる他者からはさう見えるけれども、実際にはその一人の人間の中に様々な人間がゐるのではなく、一個の客体(対象)があるだけなのであつて、その多様な外面から、内面の複数の主体の存在することを機能することになつてしまふといふ、カフカの観察の結果の事実を述べてをります。




【ショーペンハウアーの箴言 71/72】仮面舞踏会で被つた仮面を人間が外すときは


【ショーペンハウアーの箴言71/72】


【原文】

Am Ende des Lebens werden wie bei einem Maskenball, die Masken abgesetzt.


【和訳】

人生の終わりに当たって、仮面舞踏会でのように、仮面は外されるのだ。


【解釈と鑑賞】

これも、この通りでありませう。



ショーペンハウアーもまた、デカルトの名前を挙げるときにはいつも、聡明なるデカルトと呼ぶことから言つても、後者がバロツクの哲学者であつたことも考へあはせますと、前者もまたバロツクの哲学者であるといふことができませう。

仮面は、バロックの主題でもあり動機でもあるからです。

【カフカの箴言70/71】人間関係は一つである



【カフカの箴言70/71】


【原文】

Das Unzerstörbare ist eines; jeder einzelne Mensch ist es und gleichzeitig ist es allen gemeinsam, daher die beispiellos untrennbare Verbindung der Menschen.



【和訳】

不壊なるものは、一個の或るものである。といふのは、どの個々の人間も、これなのであり、そうして同時に、これは、皆に共通していることなのであり、それ故に、例の挙げようのない程に分離し難い、人間同士の結びつきなのである。



【解釈と鑑賞】

前の箴言との関係で読むと尚味わひのある箴言でありませう。

人間とは関係に生きる生き物だと、カフカは言つてゐるのです。

これが、何故安部公房がカフカを終生好んだかといふ大きな理由の一つでありませう。


一個の或るもの、とは、全体が備わつてゐるといふ意味です。若い安部公房ならば、存在と呼んだでありませう。

【ショーペンハウアーの箴言70】この世は巨大な仮装舞踏会


【ショーペンハウアーの箴言70】


【原文】

Unsere zivilisierte Welt ist nur eine große Maskerade.


【和訳】

我々の文明化した世界は、単なる一個の巨大なる仮装舞踏会である。


【解釈と鑑賞】

これも、この通りでありませう。

この巨大なる仮装舞踏会を開催し、その中に生きる人間の姿を、ある箴言の小話では、ヤマアラシという針を全身に持っている小さな動物に例えて、お互いにチクチクとやりあはないやうに適度の距離を以って生きる姿として書いてをります。

その主著『意志と表象としての世界』での思想のよれば、この仮装舞踏会は、互いの個人の意志が衝突しないように生きるための舞台装置の一つであるといふことになりませう。

また、舞踏会でありますから、踊らねばならないことになるでせう。

トーマス・マンの『トニオ・クレーガー』の一節、わたしは眠りたいのに、お前は踊らねばならないといふのか、という一節を思ひだします。

本物の藝術家や哲学者は、いつも物事の実相を観るものだと思ひます。





2015年5月2日土曜日

【カフカの箴言69】完璧な幸福の可能性は、そこへ至らぬとする努力によって成就する



【カフカの箴言69】


【原文】

Theoretisch gibt es eine vollkommene Gluecksmoeglichkeit: An das Unzerstörbare in sich glauben und nicht zu ihm streben.



【和訳】

理論的には、完璧な幸福の可能性はある。即ち、壊れ得ないものを、自分自身の中で信ずること、そして、その不壊なるものに努力して近づかうとはしないことだ。


【解釈と鑑賞】

これも、カフカらしい箴言というべきでありませう。

この矛盾をカフカは生きたということになります。あるいは、これは、カフカの目には矛盾とは映らなかったのではないでせうか。


【ショーペンハウアーの箴言69】人間より犬だ、誠実な生き物は


【ショーペンハウアーの箴言69】


【原文】

Der Hund wird zu Recht als Inbefriff der Treue betrachtet. Wo denn sonst kann man vor der endlosen Verstellung, der Falschheit und dem Verrat des Menschen Zuflucht finden, wenn nicht beim Hund, dessen ehrliches Wesen ohne Misstrauen betrachtet werden kann.


【和訳】

犬は、正(まさ)しく誠実の真髄とみられる。そうでなければ、一体全体、人間の際限の無い虚偽と不実と裏切りを前にして、逃げ場を見つけることができようか、もし犬にでなければ、その誠実な生き物は、不審無くして見ることができないだろうに。


【解釈と鑑賞】

前の箴言で、犬が好きだと明言した此の哲学者の次なる箴言です。

これも犬の性質を言い当てていると同時に、いつものショーペンハウアーですから、当然に人間へのあてつけになっております。