2014年2月15日土曜日

【ショーペンハウアーの箴言4】

【ショーペンハウアーの箴言4】


【原文】

Reichtum gleicht dem Seewasser: je mehr man davon trinkt, desto durstiger wird man. Dasselbe gilt vom Ruhm.


【和訳】

冨は海水に似ている。飲めば飲む程、ますます喉が渇く。同じことは、名声についても言える。


【解釈と鑑賞】

ショーペンハウアーの主著『意志と表象としての世界』を読むとわかるのは、この哲学者の譬喩(ひゆ)の能力が卓越しているということ、実にその譬喩がぴたりと来るところで、その譬喩を使ってみせるということです。

これは、実に驚くべき能力だと、わたしは思っております。また、その主著に限らず、この哲学者の著作を読み、その文章を読むときの、これは、楽しみでもあります。

この譬喩はやさしく、全くそのまま、その通りの譬喩だとわかります。解説は不要ではないでしょうか。




2014年2月8日土曜日

【ショーペンハウアーの箴言3】




【原文】

Jeder dumme Junge kann einen Käfer zertreten. Aber alle Professoren der Welt können keinen herstellen.


【和訳】

愚かな若者はみな、一匹の甲虫(かぶとむし)を踏みつぶすことができる。しかし、世間にいる大学教授どもはみな、一匹の甲虫もつ元通りにすることができないのだ。


【解釈と鑑賞】

この箴言は幾らでも、幾つもの解釈が可能です。

対比としては、つぎのような対比があります。行間に隠れている言葉も掘り起こして対比させると、

1。愚者と賢者
2。若者と大学教授
3。甲虫と人間
4。破壊と再生(再創造)

このような対比を往復しながら、この箴言を理解することができるでしょう。

若かけりゃ、破壊一方のものだし、若者は愚かな者であるから、そうしても仕方がないと世間は思はうが、年老いて、年齢相応に知恵も分別も、そして知識もある筈の大学の先生方には、それがなく、ましてや一匹の虫の生命を再創造する自分の無能力に対する自覚もないのだ。そんな知識が一体なんだというのだ。自分を何様だと思っているのだ。宇宙と生命に対して敬虔、謙虚であれ。そこに学問が生まれるのだろうに。


というのは、幾つもある解釈のひとつです。

【カフカの箴言3】





【原文】

Es gibt zwei menschliche Hauptsünden, aus welchen sich alle andern ableiten: Ungeduld und Lässigkeit. Wegen der Ungeduld sind sie aus dem Paradiese vertrieben worden, wegen der Lässigkeit kehren sie nicht zurück. Vielleicht aber gibt es nur eine Hauptsünde: die Ungeduld. Wegen der Ungeduld sind sie vertrieben worden, wegen der Ungeduld kehren sie nicht zurück.


【和訳】

Es gibt zwei menschliche Hauptsünden, aus welchen sich alle andern ableiten: Ungeduld und Lässigkeit. Wegen der Ungeduld sind sie aus dem Paradiese vertrieben worden, wegen der Lässigkeit kehren sie nicht zurück. Vielleicht aber gibt es nur eine Hauptsünde: die Ungeduld. Wegen der Ungeduld sind sie vertrieben worden, wegen der Ungeduld kehren sie nicht zurück.

人間の大きな罪にはふたつあって、これらの罪から、すべて他の罪が導き出されるのだ。即ち、短気と怠惰である。短気の故に、人間は、天国から追放されたのだし、怠惰の故に、人間は天国に戻ることがないのだ。ひょっとしたら、しかし、唯一の大きな罪があるだけなのかもしれない。即ち、短気である。短気の故に、人間は追放されたのだし、短気の故に、天国に戻ることがないままなのである。


【解釈と鑑賞】

箴言、寸言、簡潔に要約する能力というのは、力を要することです。

そのようなことを、外から見ていると楽々とする人間がいるものです。カフカもそのひとりなのでしょう。

日常普段の人間の生活をみて、このようなことを考える。やはり、これはこのまま、このひとの小説執筆能力だと思わずにはいられません。

この場合は、人間の大罪という、ある種宗教的な視点から、日常、現実を眺め、そうして、更に短気という人間の欠点に焦点を当てて、何故人間の日常が天国から遠いものかを、言わずして語るという、相当高度な知恵の働いていることを読むことができます。









2014年2月7日金曜日

【カフカの箴言2】




【原文】

Alle menschlichen Fehler sind Ungeduld, ein vorzeitiges Abbrechen des Methodischen, ein scheinbares Einpfaehlen der scheinbaren Sache.


【和訳】

総ての人間的な失敗はどのようなものであるかというと、忍耐しないこと、我慢ができないことであり、方法的なものに早めに見切りをつけてそれを中断してしまうことであり、(中身の無い)見かけだけの事を見かけだけの杭を打って見せかけの柵を作って囲い込むということなのである。


【解釈と鑑賞】

キンドル本で読むと、他の読者たちがどこにマークアップを何件しているのかを知ることができます。

この箴言は、世界中で、18人のひとたちがマークアップをしています。

気になる、お気に入りの箴言、当たっている箴言ということなのでしょう。

人間の欠点として3つのことを順番に挙げています。これらを仔細にみると、最初の我慢のできないこと、短気、短腹なことが、あとの二つの原因であることがわかります。

堪(こら)え性がないので、折角方法を教わったのに、それを完遂することができずに中途で止めてしまい、焦燥感に駆られて、どうでもよい目先にあるものを大事と囲い込んで大事なもののように思い込む。当人は本当にはそうは思っていないのにもかかわらず。

カフカが何をみて、こういう箴言を残したのかは、わかりませんが、多分仕事の上での上司の判断であるのかも知れず、同僚のそれであるのかも知れません。はたまた、カフカ自身の。







【ショーペンハウアーの箴言2】




【原文】

Das Schicksal mischt die Karten, und wir spielen.



【和訳】

運命がトランプのカードをシャッフルし、そして、われわれ人間が遊ぶのだ。


【解釈と鑑賞】

運命がと訳しましたが、運命という奴がと訳してもよいでしょう。

die Kartenは、トランプのカードのことです。

ショーペンハウアーの譬喩(ひゆ)は素晴らしく正鵠を、いつも、射ています。最近その主著『意志と表象としての世界』全4巻を一気に読了しましたが、本当に読んでいて感心し、唸るような譬喩があちこちに、それも本質的な物事を体系的に論じるところで使われているのが、素晴らしい。

この一行もまた、従い、この哲学者の体系的な思考によって照らされた譬喩のひとつなのです。

Kindleでその主著の中の、運命という語を検索すると、全部で64件出て来ました。

この64のうちから、ショーペンハウアーによる運命の定義を探すと、次のような定義がありました。これが、ショーペンハウアーの体系上の運命という概念の位置です。

Wie die Begebenheiten immer dem Schicksal, d.h. der endlosen Verkettung der Ursachen, so werden unsere Taten immer unserm intelligiblen Charakter Gemäß ausfallen; aber wie wir jenes nicht vorherwissen, so ist uns auch keine Einsicht a priori in diesen gegeben; sondern nur a posteriori, durch die Erfahrung, lernen wir, wie die Andern, so auch uns selbst kennen.


【訳】

出来事が、いつも運命に、即ち、原因の無限の連鎖に従うように、われわれの行いはいつも、われわれの知的な性格に従って、結果するのだ。しかし、われわれが運命を事前には知ることがない以上、われわれには、どんな洞察も、われわれの行為においては、a prioriには与えられていないことになり、そうではなくて、ただa posterioriに、経験を通してのみ、われわれは、他の人を知る場合も同様であるが、そのようにわれわれ自身のことをも知る以外にはないのである。

こうしてみると、この箴言のいう運命とわれわれの関係がよく判るのではないでしょうか。即ち、

運命は、無限の原因の連鎖であるということ。その連鎖をa prioriには人間は知ることができないこと。従い、人間は、その行いによって、従い経験によってしか、a posterioriにしか、自己についても知る事ができないということ。

どのような手を選択し、どのような機に賭けるのかは、そのひとの知的な性格によるということになるのでしょう。

性格こそ財産であるということになります。これは、わたくしの箴言でありますけれども。


2014年1月25日土曜日

【カフカの箴言1】


【カフカの箴言1】


【原文】

Der wahre Weg geht ueber ein Seil, das nicht in der Höhe gespannt ist, sondern knapp über dem Boden. Es scheint mehr bestimmt stolpern zu machen, als begangen zu werden.


【和訳】

本当の道というものは、一本の綱の上を行くものであって、その綱は高いところには張られていず、地面ぎりぎりに張られているものなのだ。道は、その道を踏破するというようよりは、むしろ、間違いなくけつまづかせるように見える。


【解釈と鑑賞】

この道は、いかにもカフカらしい。

普通ひとは、大言壮語風に、ようしこの道を極めるぞとか、千万人行かぬとも我唯一人行かむとか、何かこう難しく、難儀で、悲憤慷慨の体を連想させますが、カフカの道は実に平凡で日常的で、ありきたりの、何の変哲もない道です。

綱のようなものがという着想が、一本の道を連想させて秀逸ですが、それを高いところには張っていないのだと言って、読者の連想を引っくり返し、地面にあって、ひとをこけさせるものだというのは、いや、多分これはカフカは皮肉とすら思っていなかったことでしょう。

平々凡々たる事実の道、道の事実について語ったものでありましょう。


【ショーペンハウアーの箴言1】


【ショーペンハウアーの箴言1】


【原文】

Gesundheit ist nicht alles, aber ohne Gesundheit ist alles nichts.


【和訳】

健康はすべてではない、しかし、健康がなければ、すべては、ない。


【解釈と鑑賞】

わたしは何故か子供のころから、格言や箴言が好きで、英語を学び始めた中学生のころから既にそうで、小さな英語の格言集を買って、繰り返し読んだことを思い出します。

この癖(へき)は、日本語の世界でも同じですので、そうしてみると、やはり、外国語とは言わず、言語と格言、言語と箴言ということで、何かわたしには理由のある意義深いものが、どこかにあるのだということになります。

今回から毎週末に、1つづつ、わたしの好きなショーペンハウアーの箴言をあげ、そして訳と解釈を施すことに致します。

第一回のこれは、言うまでもなく、解釈するまでもないことでしょう。

週明け早々にわたしは入院する予定なのですが、そのような身である者にとっては、その直前の箴言としては、格好の贈物ということになります。

格言や箴言のよさは、何ごともよきものはそうですが、年月とともに、その意義深さ、意味深さがこころに響き、納得を以て理解されるようになるということです。

若い人がこの箴言を読めば、当たり前と思う事でしょうが、老いつつあることを自覚した人間が読めば、それは死を考え、如何にその到来を先延ばしにするか、そのために健康を大切にするかという切実な話になります。