2016年11月19日土曜日

新作落語『ハルキ・ムラカミをめぐる冒険』

新作落語『ハルキ・ムラカミをめぐる冒険』

村上春樹の『スプートニクの恋人』の冒頭の二行を読んで、こんな小説はやつてられないと思ひ、直ぐに本を伏せて読みさしてから、半日経つてもう一度本を恐る恐る取り上げて、こんな始まりだから、また最後はどうせ恋した男女が別れる話だらうと思つて、さうつと最後のページを開くと、やつぱりさうだつたので、おい村上春樹よ、この最初のページと最後のページの間の数百ページを読んで時間の無駄だった場合の代金はどうしてくれると思ひましたが、しかしそんなことは言えないことに気づきました。何故なら、この本はアマゾンで中古書1円で購入したからです。

この経験から生まれたのが、この新作落語です。

題して新作落語『ハルキ・ムラカミをめぐる冒険』。

噺家は、この噺には英語も混じることから、やはり桂枝雀がよい。霊界からよび出して、高座で一席、語ってもらふ。

登場人物:
(1)ハルキ・ムラカミ(”HM”)
(2)横丁のご隠居(”ご隠居”)
(3)熊さん(”熊”)
(4)八っつぁん(”八”)
(5)ハルキ・ムラカミの父親(既に鬼籍に入り、枝雀と同じ霊界に住んでゐる)

これは、村上春樹が超一流の営業マンになつて、立身出世をする噺です。

営業マンには2つのタイプがゐて、一つは客が決してNOといへない話題から入る営業マン。否(いや)でも応でもお客さんが自分と共有せざるを得ない話題から入る営業マンです。

典型的な話題が、今日はいい天気ですねえなどといつて、天気良し悪しの話からセールストークを始めて商品の提案をする型です。もう一つは、全く予想外の大きな落差を現実との間に設けて、相手を一気に自分の世界に「有無を言はさず」「四の五の言はせずに」引きずり込む営業マン。村上春樹は後者、即ち、超越論型の営業マンです。前者はさうではない日常の時間の中で営業をする営業マンです。

10人のうち9人は前者です。残りの一人が、超一流の営業マン、即ち村上春樹です。何しろ、『スプートニクの恋人』の冒頭は、次の二行で始まるのですから。

「22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。」

普通の営業マンならば、お客さんと会つたら、次のやうにセールストークを始めるでせう。

「やつと春になつて、何度も今日は春一番が吹いたとふ、いよいよ春で、いい陽気ですねえ。猫も盛りがついて夜も五月蝿(うるさ)いんですよ。」

熊:ちわー、ご隠居、ゐます?一寸ご相談が。
ご隠居:何だい、騒々しい。また何か事だい?
八:いや、ね、ご隠居、長屋のあそこに引っ越して来たハルキ・ムラカミつてえ、日本人みたいなアメリカ人のこと何ですけどね。。。
ご隠居:ああ、あれは、アメリカ人見たいな日本人だ。あれは、正真正銘の日本人だよ。
八:へえ、左様で。
ご隠居:で、そのムラカミのハルちゃんが、どうしかしたのかい?
熊:いや、それが引っ越して来たつきり、近所の挨拶廻りもしないし、何も音沙汰ないまま、引き籠つちまいやがつて、全然お天道様の当たる生活をしてゐやがらねえんですが、ありや、どういふ野郎です?
ご隠居:ああ、あいつは、何でも小説書きでな。村上春樹といふペンネームで、何でも或る雑誌で新人賞を受賞したとかいふ、何とかの歌を聴けとふ小説であつたな。。。
八:浪花節を聴けとか、浪曲の歌を聴けとか、そんなんですかい?
ご隠居:いや、さうではなくて、もつとな、かう、ハイカラな奴だな、さうさう、「風の歌を聴け」といつたかな?
熊:「風の歌を聴け」ええ?!、それあ無いねえ、あいつは風の歌を聴くよりも、娑婆の風に当たつて、おいらの唸(うな)る浪花節を聴いた方がよくはござんせんか?
ご隠居:おお、よく言つたな、熊さん。さう、あいつは社会性ゼロ、社交性ゼロの人間でな、もう全く役に立たない男でな、もうどうしやうも無い奴だが、まあ、しかし、わしの知り合ひ筋の、どうしてもといふ、たつてのお願ひだといふのでな、日本に帰つて来ても住むところがないといふので、親父さんから頼まれてな、まあ、これも仕様が無い、引きうけて、あそこへ住まはせたつて事なんだよ。
八:へえ、さうですかい。あの調子じや、ハルキ・ムラカミといふよりも、ハルカカラミム(遥かから見む)つてえ名前に改名した方が、よござんすね。
ご隠居:いや、ところがだな、さういふ奴に限ってまた、これが超一流の営業マンになるのだといふ社長がゐてな、これからそのハルカカラミムに営業職の仕事を紹介して、今日の面接に行かせようと思つてゐたところなんぢや。熊さん、お前さん、八公と一緒に、住所を教へるから、その会社の面接に連れてつて遅れ。どうせ、あの調子じや、イヤダイヤダと言つて駄々をこねるだらうから、道路を引きずつてでもいいから、連れてつておくれ。

(続く)


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